2007年 05月 02日

アイデンティティーの自殺

これもビジネス上の話です。

こう書くと、「お前は世の中、気に食わないものだらけだな」と突っ込まれそうですが、これもよくある話として、企業名を変えるのが嫌いなのです。いや、本当に大嫌い。

「○○製作所」の「製作所」の部分を取っ払うとか、漢字をカタカナにするとか、アルファベットの略称を正式社名にするとか、本当に下らないとしか思えない。

一体全体、名称や固有名詞の持つ重みをどう考えているのか?名前というのは、単なる社会上の記号ではなく、その会社の持つ歴史や資産、これまで営んできた事業、築いてきた関係性、そして何より現に働いている人たちの労働の総和、それに対する社会的信頼性を表すための名称ではないのか?

社名を変更してしまうというのは、これまで営々と築き上げ、現として保有しているモノをぶち壊すことにつながるのではないか?大げさに言えば、社名変更はアイデンティティー上の自殺ではないか、と思う。

それを、「イメージ一新のために」とか、「社員の意識を変えるために」とか、「新しい時代の船出のために」とか、そんな馬鹿げた理由で変えていいのか?逆に言うと、社名を変えないとイメージを一新できないのか?社名を変えないと社員の意識は変わらないのか?社名を変えないと新しい時代に船出できないのか?それでもお前ら、経営者か?と思ってしまうのですよ。

例えば、三菱自動車の問題が起きた際に、「もう三菱のブランドは捨てて社名を変えたらどうか?」という意見もあったようですが、そんな馬鹿なことをしなくて、本当に良かったと思う。企業が変わるというのは、表面上のイメージだけを変える、そんな中身の薄いペラペラなものであってはいけない。三菱自動車であれば、三菱の名の下で行ってきた経営で、三菱の名の下で起こした事故の意味を真摯に受け止め、決してその歴史の重さから逃げることなく、上は経営者から下は末端の労働者まで、言ってみれば十字架を背負った気持ちで、本当に三菱を変えようという気で頑張らなければいけない。それを、「我々は社名を変えました。これから新しく生まれ変わります」と言って、世間は受け入れてくれるのか?

社名変更に頼らないと組織変革の動きも作り出せない、そんな情けない経営者の下で、歴史の重みを失ったペラペラの企業名の下で働く労働者は可愛そうだな、と正直思います。

本当に全てを一新するために社名変更するのであれば、中途半端に元の名前なんか残さず、東京通信工業がソニーになったように、全く新しい固有名詞を作り出すくらいの覚悟が必要だろう。それだけの度胸もセンスもないのであれば、社名変更は失うものの方が多いんじゃないだろうか。
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by kcchicago | 2007-05-02 22:40 | 仕事 | Comments(2)
Commented by 通りすがり at 2007-05-04 14:08 x
くだらない理由は解りましたが、では何故、社名を変更しようとする人々がいるのでしょうか。皆アホだと?それなりに理由もあるよ。
Commented by kcchicago at 2007-05-04 15:12
通りすがりさん、コメントありがとうございます!
(恐らくは)リアルの世界では知り合いでない一般の方からコメント頂くのは非常に稀有なことなので、嬉しいです。
社名変更を余儀なくされる「それなりの理由」として個人的に思いつくのは、①合併を繰り返して長くなりすぎた社名を変更する(例.太陽神戸三井銀行⇒さくら銀行)、②事業構成の変化により社名が実態と合わなくなってきた(例.日立造船⇒Hitz(これは併記名のようですが))、といった辺りかなと思います。
それ以外にも、「こんな理由があるだろう!」というのがあればご教示下さい。
ではまた、ヨロシク。


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