2007年 05月 28日

配当と企業価値

別にMBAなんて持ってなくても、ファイナンス理論の初歩を少しでもかじったことがあれば、配当が企業価値に及ぼす影響は理論上はニュートラルである、ということは知っているはずである。

例えばDCFで企業価値を計算する際には、最後に剰余金の額をプラスするので、剰余金の額は、そのまま企業価値の算出に直結する。即ち、剰余金が多ければ多いほど企業価値は上がり、剰余金が少なければ企業価値が下がる。配当とは剰余金の払い出しに他ならないので、本来は配当すればその額だけ企業価値が下がり、配当せずに剰余金を内部留保しておけばその分企業価値は保たれる、という計算である。

ところが御既承の通り、現実の世の中ではそうなっていない。配当額を増やした企業の株価が上がり、経営陣は「企業価値を上げるために配当性向を増大する」ということを大真面目に言っている。日経新聞なんかも「経営陣が市場からの評価を真剣に気にし始めたために配当性向の増大に走る」なんて記事を大真面目に書き、そしてその記事を真に受けたためか知らないが、配当性向を増大した企業の株価が現実に上がっていく。理論上は反対であるにも関わらずに。

この傾向は特に日本特有のものでもなく、一般に欧米企業の配当性向は日本より高いし、創業以来ずっと配当をしてこなかったマイクロソフトが途中から配当を始めたのも、「全くライバルのいない一人勝ちの状況に変化が生じ、市場の評価を気にし始めたためだ」とか何だとか言われているし、「配当性向が高いのは、真剣に株主の方を向いた経営だ」なんてことも言われたりする。

アホか、と。

少し落ち着け、と。

「ファイナンス理論なんて所詮、机上の空論であって、現実には配当性向が高い企業の方が企業価値が高いのだ」と、もし学者も投資銀行家も新聞屋も、世の中全員が真剣にそう思い込んでいるのであれば好きにすればいいけれど、これは明らかに一部の人間の利益のために世論誘導がなされているような気がしてならないのです。

例えば、これもまた数日前の日経に、「経営陣は配当性向を高めることで、真に株主の方を向いた経営を行っているということを示す必要性に気付き始めた」と、語っている学者だかアナリストだかがいましたが、「お前、完全に確信犯だろ」と言いたい。

配当を増やす、ということは即ち、その分は事業における再投資にまわさない、ということに他ならない。本来、自分が担っている事業が高いリターンを上げているという自信があれば、経営陣は自社の留保金をどんどん事業上の再投資にまわせばいいわけです。そもそも投資家は事業投資に対するリターンに期待して投資しているわけで、その目論見が当たって事業からリターンが上がるのであれば、どんどん再投資にまわしてもらって福利でガンガン、リターンを上げてもらった方がいい。それをせずに配当するというのは、「その分の資金を投資しても期待に応えるリターンを上げる自信がありません」、「その資金を内部留保していても、今後の事業では使い途がありません」と経営陣が言っているのに等しい。それが、何で「真に株主の方を向いた経営」になるのか?

「配当性向の高い企業の方が価値が高い」と世間が勘違いしているせいで、同業種で同程度の業績で、剰余金をどんどん配当にまわして吐き出している企業と、配当せずに内部留保で溜め込んでいる企業では、前者の方が株価が高くなるという事態が起こる。理論上は逆であるにもかかわらず。

知らないうちに配当性向の高い企業の株は割高になり、配当性向の低い企業の株は割安になり、それでも世間の人たちは新聞報道やアナリスト・コメントに踊らされて割高な企業の株をせっせと購入する。一方、割安な企業の株は誰が買うかと言うと、少し前で言えば村上ファンドや、現在ではスティール辺りが、「剰余金を抱えた企業の株は割安」という理論で買い漁る(これだって、剰余金の額が企業価値に反映されるという理論上の見地からは誤った議論であり、たまたま現実にそうなっているだけなのに、さも「理論的に正しい」こととして報道されてたりするわけですが)。

で、そういった投資ファンドが買い集めているという事実が報道されると、これまた一般の投資家が一気に群がるわけですが、既に割安ではなくなった株式を高値掴みさせられて、件の投資ファンドに売りぬけるチャンスを与えるだけ。

なんて穿った視点で考えると、理論的に正しくないことを堂々と紙面に掲載してみたり、しれっと確信犯的なコメントを出してみたり。その結果、得しているのは一体誰なのか?

何か、もうね。いいカモにされていませんか?
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by kcchicago | 2007-05-28 23:31 | 仕事 | Comments(7)
Commented by Kevin Pan at 2007-05-29 02:59 x
黒田さん、お久しぶりです。

新聞で書いてある記事物事の表面しか見てなくてアホの極まりで、特にコメントがありません。

エージェンシ理論から行くと、多額の現金やフリーキャッシュフローを内部に留保したままだと、逆にエージェンシー問題を引き起こし、過剰投資やNPVの高くない投資にフリーキャッシュフローを回し、経営業績を低下させることに繋がりかねません。

Jensen (AER 1986)では、経営者にフリーキャッシュフローを吐き出せる手段として、負債による資金調達は一番よい選択と主張した。

でも、実証研究で理論とは違う結果を探したがる私は、自分の研究では、多額の現金を保有している日本企業は必ずしも業績が低下していることにはならないという結論を示しました。

http://www.gakkainet.jp/jama/02-10.html
http://www.gakkainet.jp/jama/6Pan.pdf

何だか、最後は自己宣伝になっちゃいましたね。失礼致しました。
Commented by candragupta at 2007-05-29 09:57
やっぱりそうやんな~。
強引な配当させられると、企業の体力が下がり、本来なら企業の価値って下がるはずやんな~。
物言う株主が入ると、企業の経営が良くなるってほんまかな?
素人が見ると、配当増大、部門のばら売り、会社に残ったのはカスだけ。
そのときには既に物言う株主は売り抜けていない…。
そんな気がします。
法務屋が見ても、最近の日経やらエコノミストの言うことがおかしく感じて仕方がありません。
Commented by kcchicago at 2007-05-29 23:26
Panさん、示唆に富むコメントありがとうございます。
エージェンシー理論に関して言えば、剰余金を多く抱えた会社が買収対象になるという傾向が強まるほど、「剰余金を使いきらねばならない」という変なプレッシャーが経営陣にかかるのかもしれませんね。
そういう意味では、これまでの日本企業はある意味、安穏としてたおかげで、剰余金を変な投資に費やさずに済む、という面があったのだろうとは思いますが、これからはますます経営者にかかるプレッシャーが強くなっていきそうですね。
Commented by kcchicago at 2007-05-29 23:29
candraguptaさん
日経やらエコノミストやらの言うことは、単におかしいというのではなく、背後に何らかの意図があるのではないか、と思う今日この頃です。まあ、マネックス証券がデイトレードを世間一般に薦めているようなものだと思えば、意図が見え見え過ぎて大して気にもならないのかもしれませんが。。。
Commented by Kevin Pan at 2007-05-30 00:24 x
黒田さん

>Panさん
って、慣れませんので、ケビンでいいです。(笑)

>エージェンシー理論に関して言えば、剰余金を多く抱えた会社が買収対象になるという傾向が強まるほど、

これは究極のジレンマですね。現金を溜め込むと、買収にされやすくなります。しかし、頻繁に資本市場に出入りすると、株主にやかましく言われます。ある程度現金をためておかないと、新しくプロジェクトをやる度に資金調達に困りますしね。

Easterbrook, F., 1984. “Two Agency-Cost Explanations of Dividends.” American Economics Review 74, 650-659.

今まで取得原価主義万々歳の日本会計が一部時価主義になってから、持ち合いの現象が解消されつつあるので、日本の経営者はこれからいつも買収の危険にさらされているのような経営がこれから続くでしょうね。
Commented by kcchicago at 2007-05-31 20:15
持ち合いの解消には揺り返しもありそうですけどね。
まあ、公開企業である以上は市場と付き合い続けないといけないということでしょうね。
Commented by 株の配当 at 2012-01-24 17:26 x
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。


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