2009年 01月 12日

高度金融工学の失敗?

日本のマスコミって、N○Kや日○新聞も含めて、二項対立や勧善懲悪や栄枯盛衰といった「構図としての分かりやすさ」を強調して、視聴者や読者の共感を得ることばかりに頭が向いていて、報道の内容自体は「はにゃ?(・・?」と思うことが少なくありません。これではジャーナリズムではなくて、ただのワイドショー的エンターテインメントなのではないか、と。(そんな自分は日○新聞と日○ビジネスをこよなく愛していたりしますが。。。_(^^;)ゞイヤー)

んでもって、タイトルの話ですが、最近各種報道で、「高度金融工学の失敗」やら「破綻」やら「欺瞞」といった表現をよく目にするのですが、まあ、お前ら少しは落ちつけよ、と。

高度金融工学そのものが本当に失敗して、破綻して、欺瞞だったのか?

そんなはずないだろ?

自分はMBAで初歩のファイナンスをかじっただけなので、「高度金融工学」を論じる資格はありませんが、それでもどんなに初歩のものでもいいからファイナンスの教科書を一冊読んだら、分かることはあるだろう。

ポートフォリオ理論について、「ポートフォリオを組むことによってすべてのリスクをヘッジできる」なんて書いてあるファイナンスの教科書が世界中のどこに存在する?もし、そんなアホな教科書があったら、是非示してもらいたいものだ。

ポートフォリオ理論では、リスクをざっくりと「systematic risk」と「idiosyncratic risk」に分けて捉えていて、ポートフォリオを組むことでヘッジできるのは後者だけだと最初から明示しているんじゃないか。どんなにペラペラの教科書でも、どんなに初歩的な教科書でも。

逆に言えば、systematic riskをヘッジする「高度金融工学」なんてものは最初からこの世に存在していないだろう。

サブプライムの問題が何だったかと言えば、systematic riskをヘッジできないことを百も承知しておきながら合成担保証券なんて組んで「ポートフォリオを組んだから大丈夫ですよ」と詐欺的な説明をしていた一部の投資銀行家と、市場全体のリスクを見逃したのか、「ポートフォリオを組んだから大丈夫」に踊らされたのか、顧客の機嫌を損ねたくなかったのか分からないけど、そんなものにAAAの格付けを与えた格付け会社と、恐らくは商品の中身を理解しようともしないで自分の成績とボーナスを上げるためだけに売りまくったセールスの人間と、「機関投資家」とは名ばかりで自分の頭でリスクを理解しようとしないで社内説明しやすい商品だけを買いあさったバイサイドの現場のサラリーマンたち、こういった人たちが住宅バブルの浮かれモードの中で思考停止に陥って人災を引き起こしただけで、別に金融工学自体が間違っていたわけじゃないだろう。

もちろん詐欺的に売りまくった投資銀行家の側にも問題はあるけど、ファイナンス理論の初歩すら全く無視して下らないものを買いまくったバイサイドの側の問題も大きい。

systematic riskとidiosyncratic riskは入れ子構造になっていて、例えば不動産市場の中で個別銘柄に関する債権をかき集めて証券化すれば、銘柄固有のリスクは回避できるが、不動産市場全体が落ち込むリスクは回避できない。じゃあ、不動産に投資する証券と、株式と、再建と、為替と、商品相場と色んな金融商品を束ねて証券化すれば、個別の市場が下落するリスクは回避できるけど、今みたいな金融市場全体がクラッシュするリスクは回避できない。こんなことは最初から分かり切っていたはず。

そもそも、自分がアメリカにいた2003年~2005年にかけてだって、「アメリカの不動産価格は上がりすぎたから、いつか下落するはず」というのは、まともなアメリカ人なら皆が口にしていたこと。それでも止められなかったのがバブルの恐ろしさなんだろうけど、これは高度金融工学という理論の問題ではなくて、単に市場にいる個々人の認識が甘かったことから来る人災に過ぎない。

繰り返すけど、自分の利益のために詐欺的な売り方をしていた人間と、自分の頭でリスクを考えることを止めて社内説明しやすい商品を買い続けた人間と、その周囲の人たちがバブルという気分の中で引き起こした人災であって、理論自体の失敗ではない。

例えば、悪徳弁護士が相手の法律に対する無知に付け込んで詐欺を働いたとしても、それはその悪徳弁護士が悪いのであって、法律そのものが悪いわけではないのと同じこと。

「高度金融工学」の中身を理解しようともせずに中身のない扇情的な報道を垂れ流すのであれば、「高度金融工学」の中身を理解しようともせずにバブルに踊った人間と行動様式が全く同じではないか?

「高度な理論の失敗」という位置づけにした方が視聴者や読者の共感を得られるから?それはあまりに視聴者や読者を馬鹿にし過ぎだし、共感を得ることより、物事を正しく伝えることの方がジャーナリズムの本来の役割なのではないか、と思うのですが。

魔法の杖など最初から誰も持っていないのは明らかなのに、「魔法はまやかしだった」って嬉しそうに言われても、ねぇ。。。
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by kcchicago | 2009-01-12 14:12 | 仕事 | Comments(0)


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